the emotion of belief
毎晩、冷えてお寒うございます。
でも、明日からおひさまが長く滞在してくれるから、風向きはあったかい方向のハズ!
面白く読みやすい文章を書きたいのに、ひとたび書き始めると何故ごりっごりに硬くなってしまうー!
ということで柔らかい文章を目指して書くぞ。
さて。
去る12月17日、復活した東京都庭園美術館で内藤礼さんの展示を体感してきた話。
こちらです!
どどーん!!
あ、これは入り口手前の脱皮した紅葉。
もっかい!
はい!
こうして改めて見ると顕在意識と潜在意識みたいだな。
本館のみ平日に限り写真撮影がオッケーという素敵な制度が!
シフト勤務バンザイ!
館内のあちこちに写真に写っている妖精のような、小さい何かが存在しているのを探すのが小さい頃の宝探しみたい。
小さい頃、もしかしたらみんな見ていたのかも。
たぶん、その場所に小さい何かがほんまにおるんやろうな…という雰囲気が庭園美術館にはあったなあ。
それぞれの小さい何かが見ているものが違うからか、それぞれに視点があちらこちらを向いているのも想像すると楽しい。
自分を見ているの?
世界を見ているの?
世界を直に見ているの?
鏡を通して見ているの?
その問いを浮かべた自分に対して、どうやって何を見ているのかを問いかけているんだろうなあ。
新館にあった展示は完全に光を描いていて、世界に馴染んでから見ないとただの白いキャンバスに見えてしまう…。
見えるようになってから見ると、瞼を閉じて太陽を見たときのさまを描いているように見えるのが面白くて、しばらくぼーっと椅子に座って見てしまった。
もしくは真っ白なオーガンジーのカーテン越しの光みたい。
(イメージ図)
不思議だけど懐かしい、ただそこに“ある”ことが当然のように存在している世界が現れていて、嬉しかった。
声高に受容していると言わなくても、ただ“ある”ことが“ある”だけでいいのかもしれないなー、と感じた水曜日。