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dawn,light

「光といふことを」人めには/みえぬものから/かがやくは/こころの底の/光なりけり

ほほう…

いま、ふと、シャワーを浴びているときに思い浮かんだこと。
「お金という形で私という人間は本当にそれを望んでいるのかが問われている」

…って、なんか分かりにくい表現になったなあ。

例えば「すっごく好き!」なところに行けるなら10万円払ってでも行く!頑張って貯金する!
だけど。
行きたくもない、興味関心がマイナスなところへ普通なら1円では行けないのに1円で行けるって言われても、私は行きたくないし、いやどちらかと言えば報酬を払って欲しいくらいだし、とかなる。

もちろん、この世の中に生きている以上、現実的に稼いでいるお金から算出して10万円払ってでも行きたいけど行けない、という場面もある。
それって行きたいから高いだの安いだの払える金額なら払うのにだの、いろいろ言うんだよね。

で。
多分、余裕があっても言うんだと思う。
自分が行きたいものに、それだけの価値があるならば、それは行くのだ。

10万円の服一着が良い人もいれば、10万円で海外旅行が良い人もいる。
ただそれだけのことなのだ。

これが、ひとたびスピ系と言われたり、既存のサービスでは無いものになった瞬間、より言われるなあと。

ま、こんなこと、知ってるしw
という人もたくさんいるし、私自身いろんな人が表現していたり読んだりして、概念的には知っていたけど。

ふと、今日、シャワーを浴びているときに肚落ちしたのだ。
こういう肚落ちって、文字では何にも書き起こせないのね…。

あくまで、私個人が私個人の為に肚落ちしたことを思い出せるように、書いた備忘録なんだな。

キーワード
超絶興味関心のない講演会7時間4000円(軽食付き)
めっちゃ大好きなツアー2時間5万円
私的には圧倒的ツアーに座布団!
興味関心のないものに7時間拘束される時点で辛すぎる…行きたくない。

高いか安いかの二択
ではなく
本気で行きたいか行きたくないかの二択
なんだな

あくまで私の中にある判断の答えを私は知っているけど、私の好みで判断したと言いたくないが故に、お金という隠れ蓑で判断したように見せかけているのかも。