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dawn,light

「光といふことを」人めには/みえぬものから/かがやくは/こころの底の/光なりけり

奥底にいるワタシの声を聞く

全く関係ないけどカタカナのワタシってタワシみたい。
タワシみたいな私は嫌だなあ。
棘棘してるし…トゲって漢字って棘棘してるなあ。

いろんなことがあった週末。
それは、なかなか素直に受け入れにくいことだったりだったり。

少し前から《自分の声を聞く》とは何ぞやと気になって仕方がない。
何ぞやと申しますのも、まあ言葉尻的には充分すぎるほど頭で知ってはいる。
でもそれまでなの。
体験というか実践が伴ってない。
だから腑に落としたい。
んだな。
Happyちゃんとかも折に触れて「あなたが良い気分でいること以上に大切なことは何もない」と書いている。

(それにしてもHappyちゃんが凄いなあと思うのは、いわゆるスピ系の本において序章と第1章の間に書いておいて欲しいこと、そうか私はそこで躓いてるのね…と自分のことでありながら分からなかった痒いところに手が届くような点を体現して表現しているところ)

で、《自分の声を聞く》にも《良い気分でいる》でも、共通している点。
それは常に《今の自分が良い気分かどうか/今の自分の声は何を言っているか》というところ。

兎にも角にも、今、いま、イマなのである。
私がハマりやすいループなのが“さっきの私が”とか“昨日の私が”に、あっという間に思考が連れ去られてしまう。
超凄腕の誘拐犯がいるのである。
私の思考、連れ去りたくなっちゃうくらい、可愛くて仕方がないんだねえ。

もっと【今】に集中できるようになりたい。

そのためには、訓練訓練また訓練。
連れ去られそうになったら連れ戻す。
いま、何を、感じているのか。
すぐに上手く出来なくても、しょんぼりしても、しょんぼりしてるんだと感じた後に、すぐ今を感じる。

ああ、こんなに分かりにくい文章、アップしていいのかな、と書きながら思ってしまったり。

という、それすら遊びなんだけど。
そんな遊びを面白おかしく楽しく過ごす、まずは今日を過ごせますように。

一気に変えると揺り戻しがあるかもなので、躊躇してるけど、1ヶ月ほど情報断捨離して自分の内側に深く潜ることもやりたいな。

まずは、内側に触れることを。