dawn,light

「光といふことを」人めには/みえぬものから/かがやくは/こころの底の/光なりけり

からだからだ

身体からだ。
意識からのアプローチはさんざんやったから。
意識も身体も両方やろう。
好きなことのおべんきょは大好き。
学びってワクワクする。

気になるものが同じ日ににみっつも開催されていて。
これはどれを選ぶか迷うなあと迷いまくって、一番苦手なことを選んでみたよ。

本当は身体を動かすことは好きなことを思い出しに。
去年からの流れで図らずも身体のお稽古がやってきた。
古事記を学んだときには意図していなかった潮流がやってきたんだ。
よもや、ここに辿り着こうとは。

そして。
今日のワークショップで浮かんだこと。
私の身体は既に知っている。
忘れてしまったいつかの記憶が蘇るように、再び時が来て思い出すように学んでいるのだろう。
いつかの私。それは魂と呼ばれるものなのだろうか。

だからか、いつもは恐ろしくメモ魔な私も全くメモらなかった。
たぶん必要なことは身体に残る。
(野口さんもそんなことを言っていて嬉しかったなー)

記録された何かには無意識に意図が入り込む。
だから。
人に会って、人と同じ空間に身を置いて、人が持つ深遠なる何かをダウンロードして交換しあいに足を運ぶのだろう。
会いに行く、身体が出会う、ことが大切なのだと思う。

ワークショップ中に誰かが問いを放ち、それに野口さんが答える。
眼を閉じて聞いていると、自分の内側が問い答えているようだった。
そして、いつの時も必要なことは必要な何気ない顔をしているものだ。

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鶴川駅の線路沿いにみっちり咲く桜さん
(桜は花見客の為に咲くのではない
桜は桜が咲きたいときに咲くのだ)


2015年4月16日、17日