dawn,light

「光といふことを」人めには/みえぬものから/かがやくは/こころの底の/光なりけり

0022:幸せな化学反応。

叶った!
な、日。
嬉しす!
魚座な私。
まるっと、
まるっと、
そのまま。
そんな日。
嬉しーす!
何日間か、
ちらちら、
気になる。
どきどき。
その結果、
今日の話。
幸せや〜!


今の楽しみについて朝思ったこと。
組み合わせ、化学反応って素晴らしす。

0021:秋の思ひ出

怒濤の夏が終わり、秋は夏を乗り切った私への労い旅をした。
その中の思ひ出ひとつ。

それは今年初めての金木犀の香りを嗅いだ日の明くる朝。
会期終了間近の奈良美智さんの展覧会を観に日帰りで愛知県に。
愛知県に行ったなら、名古屋を通るなら、やっぱり参拝せずにはいられない熱田神宮さんへ。

熱田神宮の周りでも金木犀の香り。
落ち葉は秋の贈り物。
秋の贈り物は実りの贈り物。
黒蝶な神使さんが舞った後、ひらり黄金色の落ち葉。
秋の贈り物をいただきました。

八剣宮は安定の素晴らしさ。
参拝に風で応えてくれたよよ。
秋晴れのこの日、たくさんの参拝客に、神さま方から、たくさんの歓迎。
全て命の流れのループと
全てへの愛に満ちた場所

ここから新たな道が開け、
そして、新たな喜びに満ち


熱田神宮を後にして、奈良美智さんの展覧会へ。


展覧会を観て印象的だったこと、感じたこと。


灯り(照らすもの)
ナイフ(切るもの)

照らすものが不安定に心細く光る
切れるものがハッキリと描かれる


不安定な足元と
手に持つ揺れるもの
身体から遠くで揺れる


固まった
何もせず
降ってきた
表現ではなく
常に内側から出てくるものを
ひたすら出して出して出して
何が出てくるかは自分では分からず
もしかしたら、
出てきたものを見ても何かは分からず


木版に紙?が貼られていて、
それが破かれている
絵がそこに飾られていて
タイトルが描かれている


ちょっと未来が好きになる
猫娘みたいな横顔の女の子
(2006年、無題)
これ、私に出会った!と涙ぐむ


内在神


自らの意思を持つ瞳


最後の場所は
祈りのようなところだった
外でもなく内でもなく
矢印はなく
ものすごくフラットで
とても静かな空間だった

そして、直霊に響くような
なぜか涙が出てくるところ


横浜で出会った、かわいこちゃんたち♡
胸にくる、というより
お腹に響いて、涙が出るのじゃ


小屋は、私
私の小屋の中に、私が大好きなものだけが入っている
それだけで、とても安心で、幸せで、
ただ私として在れるということ。
だから、あの瞳の輝き
それも、過度に輝くのでもなく、
ただ、まるごと、そのひとの瞳で輝いている
そのことの素晴らしさよ。
小屋の中に入って良かった。
私も、私の内側を好きなものだけを入れていたい
どんなに小さくても、どんなに他の人から見たら分からないものでも、わたしが感じる喜びに満ちた空間にする
空間は、私の内側。

きれいとか整ってるとかではない
私のエネルギーが喜びに溢れる空間にする
私のエネルギーが喜びに溢れる内側にする

そういうことなのだ。

あー、なんだ
あの女の子とか、やべーくらいにかわゆす

泣けるぜ
涙が出る

他の誰でもない
私が住みたい小屋に
私が住みたい内側に

整えるって、そういうことなのかも


見据える瞳が、だんだんと真正面からに変わっている


大きい作品ほど、とても繊細で、手が込んでいて、でも手数が少ないようで
足しすぎると台無しになり


生まれる作品は、よりフラットになっている
とっかかりがない、ということではなく
描き手の思想のようなものがそぎ落とされている(ように感じた)
だから、見るものの内面を、見るもののその時を映すような作品なのかもしれない


夜、何も見えないとき
目に頼ると何も感じられないかもしれない
でも、瞳を閉じて、世界を感じ取ると、こんなにも見えてくるものがあるのだと、感じ入るような女の子だった


見るものの世界を映すから
無限に世界が広がっている
作品の大きさも
ただ大きいのではなく、生み出しているうちに、その大きさが必然となったのだと


身体で見ることの意味を
視覚に頼らない鑑賞
それが出来るのが美術館なのだと


自分が生み出したけど
手が離れる前から
何かによって生み出させられたようなものなのだろうか
自らを無くすのとは違う、我が
私ではなく、わたしたち?
宇宙のソース(源)から奈良さんを通して生み出されたもの、それは、わたしたちのソース(源)でもあるから、涙が出るのかもしれない。
ソース(源)に帰るまでは触れることはないと思っていた何かに触れたのだろうか


内なるわたしに会えて嬉しい


世界をあんな風にジャッジすることなく
まなの瞳で、ほへーって味わってるさまを見てるんだなあ


安心して世界のドラマを楽しむように生きたいな

その瞳には
怒りでも悲しみでも
喜びでも嬉しさでも
同じ光
等しく輝くもの
ーー春少女


真夜中に瞳を凝らす
真夜中の光を見るために


黒はすべての色がある
全ての色を内包する色


そんなことを感じた一日。
こんな一日は、とても幸せな一日。

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0020:出前ウィーク終了

へろへろへろ〜
なかなか濃ゆい出前ウィークが終わったー!!
よくやった、よく乗り切った、よく最善を尽くしたよよん、あてくし。

今日はこれだけ笑

0019:目覚めよと呼ぶ声が聞こえ

バッハのカンタータ

夜、たまたま見たドキュメンタリー番組のテーマがパイプオルガン。
そして、舞台は夏にharuka nakamuraで訪れた東京カテドラル聖マリア大聖堂

どのテーマも詳しくなくても、思い入れがなくても、ほんの少しづつのきっかけの重なりが心に響き届き、淡い残像のように心で光る。

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そんな蠍座新月の夜。


0018:繭を纏う

うすうい、うすうい、繭のようなものを纏っている。

その繭を纏わなければ、自らの魂が傷付いてしまうような気がして。
そして、人によって、いろんな繭がある。
魂で生きることを守るために必要だと感じた何かを繭として纏っている。

でも、もう、いいのだと。

繭は優しく柔らかく暖かい。
でも世界から私の魂がぼんやりとしてしまう。
私が見ている世界すらぼんやりとしてしまう。

私は自らの魂をハッキリと輝かせて生きたい。
だから、もう、この繭を脱いで。

世界を鮮やかに見て。
世界に魂を光らせて。



自らの魂を表現する友を羨ましく思っていて。
私も何かを、表現する何かを持ちたいともがいている。
そのことを伝えた尊敬するその人から、私も既に表現していると。
感じたことを、何かを、身体に受け止めて、それをまた言葉で表現して伝えていると。
それは私と世界を繋げるというより、魂と魂を繋げるために翻訳しているような。
そんな風に表現しているのだと。

0017:灯油が焚かれている匂い

家に着いて、ぷうんと薫る灯油の焚かれている匂い。
ああ冬だなあ、としみじみ感じた夜。

全ては光。
そのことを思い出して感じること。
それが本来の姿に戻れること。

大好きな神社などは、私の全てが光であることを無意識のうちに思い出せるところ。
光という本来の姿に戻してくれる場所。

016:ざわわざわわ

これは歌のフレーズではなく、心の波風のこと。

うーん、ざわわざわわしてますな。
その理由は何だろう。

もっと最善が尽くせたと思ってるから?
それとも誰かを前にして自分の望みをストレートに伝えることに躊躇してしまったから?

私は、私の中の審判にいつもお伺いを立てているのかも。
それは、仮想の親であり、仮想の社会であり、仮想の善であるのかもしれない。
それらは実態も確証もない。
他者ではなく、私の中にあるそれらによって、無意識のうちに私が私を裁いてしまう。
私は私の中に全肯定の私を育てたい。
どんな私も私であること。
私がどんな私でも私だと抱きしめることが出来ること。

だから、あの子の望みもあるかもだけど、誰かを持ってきて希望を伝えるのではなく、私は私の望みを世界に伝える。

そうか、あの子はあの子が希望している、とは言わなかった。
〇〇さんがあの子を連れて行きたいと言うかも、と言った。
〇〇さんが、私が苦手なことを克服しろというかも、と言った。
だから、ざわわするんだ。
どんなに独断的でも、私は誰かの言葉を使って自分の望みを叶えようとするのではなく、私が望んでいるのだと。
例え、言うことに怖くても恐れていても、それでも自らが自分の望みを他者に世界に言う伝える、ことを少しづつ選んで行動したいんだ。