dawn,light

「光といふことを」人めには/みえぬものから/かがやくは/こころの底の/光なりけり

ただ好き、であることの偉大さを

何かは分からないけれど、ただただエネルギーのようなものが放出され、ひたすらただただ泣けて泣けてしかたがない約3時間だった。

それは、ものすごくものすごく幸せな時間で。
それは、触れることで共に生きてきた自分の過去をまるっと全肯定できるもの。

いろんなときがあって、でも確かに私の心に響き続けている音楽たち。

終わったあとに、すごく良かったんだー!!と話すだけでも幸せで。
そのことを聞いてくれる人がいることも幸せだし。

さまざまなことがあって、学生時代ほどの聞き込み方はしなくなったけど、でも、確実に私の中で生き続けているもの。
いま、なお、最前線で音を鳴らしてくれていることの喜びよ。
ふと奏でられた音に、言葉に、心が喜びに満ちること。

いつも、いま、いまの良さを感じさせてくれる音楽やライブ。
ただ好き、いま好き、であることの素晴らしさ。
それは、彼らが彼らとして、いま、に在り続けているから。
伝説でもなく、過去の栄光でもなく、つねに、いまの彼らで在り続けているということ。
いま、を表現し続けているということ。

重ねてきた時間があるから楽しめることや心に染み渡ることもあると思う。

でも、私が感じることが出来るのは、いま、だけ。
その、いま、が素晴らしいのだから、それだけでいいんだ、それだけがいいんだ。

積み重ねた時間や、思いがあることは、つい重みを増してしまいがちだけれど、積み重ねた時間や思いがあるからこそ、軽やかに楽しく喜びと共に奏でられていることに感動する。
そして、より軽やかに楽しく喜びと共に奏でていきたいとあろうとしている在り方が嬉しい。
好き!!と彼らを見つけた過去の私、グッジョブ!

彼らが直接的に私に何かをしてくれているわけではない。
だだ、在る、ということだけ。
彼らそのもので在る、ということ。

ライブの良さも、これに尽きる。
ただ、いま、だけがあって、いま、だけを味わえて、いま、の感覚を余すところなく生きている、それがライブを体験することの喜びであり、録画されたものと大きく違うところで、それはすなわち生きているということ。

本当は日々もそれと同じなのだ。
いま(だけが)ある。
いま(だけを)味わう。
いま(だけの)感じること。

私の世界にいてくれて、ありがとう。
私の世界における最高の名脇役で在り続けてくれて、ありがとう。


ー2017年6月29日、Mr.Children、Thanksgiving25、東京ドーム。